2016年3月29日火曜日

おすすめ本001 もし実際に効果の自己啓発書が誕生したら!? 自己啓中毒者必読!『ハピネスTM』

できる限りラクをして生きていきたいタイプなので、
残念ながら自分磨きに精が出せません……。

そんな自己啓(できない)コンプレックスの私に
「やっぱり自己、啓発しなくていいな!」と思わせてくれるのが、

こちらもやや古い本で恐縮ですが、日本での出版は2002年。
本書は、「もし誰かが、実際に効果のある自己啓発本を執筆したら?」
という前提で書きすすめられた自己啓発コメディです。


N.Y.の小さな出版社に勤める編集者・エドウィンが
企画会議で苦し紛れに提出したのは、
トゥパック・ソワレなる人物が書いた『わたしが山の上で学んだこと』
と題された持ち込み原稿。

著者のソワレいわく、この原稿には、                           
ダイエットを成功させ、喫煙・ギャンブル・薬物などあらゆる依存症を治し、
創造的なエネルギーを解放し、性生活を充実させ、
自分に自信を持つことができ、お金持ちにもなれて……などなど、
人間のありとあらゆる欲望を満たすハウツーが紹介されているんだとか。

当然のごとくバカにしていたエドウィンですが、
いざ出版してみると、これがたちまち大ベストセラーに!
そのうえ、読んだ人々は実際にダイエットに成功し、依存症を断ち切り、
投機などで大金持ちになり……とありとあらゆる悩みや悪癖を克服し、
本当に幸福になってしまうのです。

エドウィンが勤める出版社の清掃係はリムジンを乗り回すようになり、
自己啓オタクだった妻はソワレの内縁の妻になるために家を去り、
同僚で不倫相手のメイは、化粧も会社もやめて、ヒッピーのような暮らしを始めます。

流行はすたれ、都会に住む者はいなくなり、
自らを飾らず田舎暮らしすることが幸せの象徴のようになっていきます。
あらゆる欲望が消えた後では、働く者も学ぶ者もいなくなり、
満たされた世界は、ゆるかやに停滞を始めます。

本作を執筆したファーガソン氏によれば、
この本で描かれるのは、「人類の幸福という世にも恐ろしい疾病」です。

ここ十数年? くらい、
日本でも自己啓発やスピリチュアルブームが延々と続いているわけですが、
そうこうしているうちに、
私たちは実になんのてらいもなく、
「常に幸福でいつづけたい!」という4歳児みたいな欲求を、
口に出して人前で言えるようになってしまいました。
私も言ってる。わりと頻繁に。

まぁ、言ってはいるけど、それは当然叶わないので、
延々と自己啓発本やスピリチャル本を買う人は買うわけですが、
(『引き寄せの法則』を持ってる人って、類書どれくらい持ってるのか。
 なんだかんだ言って私は10冊くらい持ってた……)
そんな感じの「常に幸福でいつづけたい欲求」が成就した世界での暮らしについて、
作中の登場人物であるエドウィンは「天国では誰も笑わない」と言っています。
すべてが満たされた世界では、感情が揺り動かされることもないので、
誰も大きな声で心から笑ったりはしないのだ、と。

このへんのくだりで、
私は菊池寛の『極楽』を思い起こしました。
生前の望みどおりに、極楽浄土へ行けた老女。
はじめは美しくおだやかな極楽世界に狂喜しますが、
やがて、美しくおだやかなだけで何も起こらない世界に心底飽き飽きし、
極楽の蓮の上で、地獄の苦しみに永遠に憧れ続ける……という物語。
青空文庫で読める、とても短いお話です。

同時に、
ハワイのスピリチュアル「ホオ・ポノポノ」にハマっている、
という方の話も思い出しました。
ホオ・ポノポノの手法として、
「いやな記憶は、クリーニングして消す」というものがあるそうで、
その方は、仕事や人付き合いなんかで「いやだ」と感じるたびに、
頭の中の消しゴムで、その記憶をゴシゴシ消すんだそうです。1日に何度も。
あの……そんなに消したら、なんにもなくなっちゃうんじゃ……。

いやな記憶がなければ、ある意味幸せなのでしょうが、
どこからどう見てもロボトミー的。
これも、ファーガソン氏の言うところの、
「人類の幸福という世にもおそろしい疾病」の一種なのでしょう。

どう頑張って視点を変えても、
やればできるとか、願えば叶うとか、
自分は恵まれているとか、あるいは神様に愛されているとか、
そんなふうに思えないことの訪いは、
生きていれば避けられません。

そんな人生において、真の「ハピネス」とはなんなのか?
ファーガソン氏なりの答えは本書でどうぞ。

ちなみに、「ハピネスTM」の「TM」とは商標(Trademark)のこと。
本書において、幸福は売り買いされる商品となっています。
私たちの日常でもしかり。
自己啓やスピリチュアルに「カモられてるな!」と感じている方で、
それがイヤな方は、お読みになってみるとよいと思います。

ファーガゾン氏の語り口はユーモアに満ちていて、
訳の方のお仕事も素晴らしいので、
エンタメ小説としてもとても楽しめます。おすすめ。
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